これも今は昔、忠明といふ検非違使ありけり。
【検非違使】
平安時代初期に違法を検挙するために設けた官。今の裁判官と警察官とを兼ねる。
それが若かりける時、清水の橋のもとにて京童部どもといさかひをしけり。
いさかひ 【諍ひ】
言い争い。 口論。
京童部手ごとに刀を抜きて、忠明を立てこめて殺さんとしければ、
たて-こ・む 【立て込む・閉て込む・立て籠む・閉て籠む】
他動詞マ行下二段活用 活用{め/め/む/むる/むれ/めよ}
①閉じ込める。
②戸・障子などを閉め切る。
忠明も太刀を抜いて、御堂ざまに上るに、御堂の東のつまにも、
つま 【端】
名詞
①はし。へり。
②軒先。軒端(のきば)。
③きっかけ。手がかり。
あまた立ちて向かひ合ひたれば、
あまた 【数多】
副詞
①数多く。たくさん。
②非常に。はなはだ。
内へ逃げて、蔀のもとを脇に挟みて前の谷へ躍り落つ。
しとみ 【蔀】
名詞
主に寝殿造りで用いる、日光を遮り、雨風をよけるために、格子の裏側に板を張った戸。
蔀、風にしぶかれて、谷の底に、鳥のゐるやうに
ゐる 【居る】
自動詞ワ行上一段活用
①座る。腰をおろす。座っている。
②動かないでいる。じっとしている。とまる。
③とどまる。滞在する。居つく。
④ある地位に就く。就任する。
⑤おさまる。静まる。静かになる。
やをら落ちにければ、
やをら
副詞
ゆっくり。静かに。そっと。
それより逃げて往にけり。京童部ども谷を見おろして、
い・ぬ 【往ぬ・去ぬ】
自動詞ナ行変格活用
①立ち去る。去る。行ってしまう。
②過ぎ去る。
③死ぬ。亡くなる。
あさましがり、立ち並みて見けれども、すべきやうもなくて、
あさまし-が・る 【浅ましがる】
自動詞ラ行四段活用
驚きあきれはてる。びっくりしたようすをする。
やみにけりとなん。
や・む 【止む】
自動詞マ行四段活用
①おさまる。やむ。
②途中で終わる。なくなる。起こらないままで終わる。とりやめとなる。
③(病気が)なおる。(気持ちが)おさまる。
④死ぬ。死亡する。
に-・けり
連語
①〔「けり」が過去の意を表す場合〕…てしまった。…てしまったそうだ。
②〔「けり」が気づき・詠嘆の意を表す場合〕…てしまったのだなあ。…しまったことだ。
※「にけり」の「に」は完了を示す助動詞「ぬ」の連用形
